東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2524号 判決 1969年4月01日
控訴人 佐々木民治
被控訴人 更生会社株式会社横浜ヨツト製作所管財人 浅沢直人訴訟承継人 株式会社横浜ヨツト製作所
引受参加人 東京ボート株式会社
主文
控訴人の被控訴人及び引受参加人に対する請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は、当審において訴の交換的変更をなし、新たな請求として、
「一、被控訴人は控訴人に対し
(一) 別紙目録<省略>記載の建物(以下「本件建物」という。)についてなされた東京法務局墨田出張所昭和三〇年一二月七日受付第二八七四五号売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記(以下「本件仮登記」という。)の抹消回復登記手続をせよ。
(二) 控訴人において金二一八万円を支払うのと引換に、右仮登記の本登記手続をせよ。
二、引受参加人は控訴人に対し
(一) 被控訴人の右抹消回復登記手続を承諾せよ。
(二) 控訴人において被控訴人に対し右金二一八万を支払うのと同時に、本件建物についてなされた前記法務局出張所昭和三六年九月二一日受付第三〇二九〇号売買による所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)の抹消登記手続をなし、かつ本件建物を明渡せ。」
との判決を求め、被控訴人および引受参加人各訴訟代理人は、いずれも請求棄却の判決を求めた。
一、控訴人および被控訴人会社の主張および立証は、主張に関し以下二、三に補足するほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決書五枚目表第一行に「昭和三四年一〇月二日」とあるのは、「昭和三四年一〇月二〇日」の誤記であるので、そのように訂正する。)であるから、ここにこれを引用する。
二、控訴人訴訟代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。
「1 控訴人が原審以来主張する売買一方の予約についての仮登記(原判決事実摘示第二のうち、控訴人の請求原因六項中に記載。)は、東京法務局墨田出張所昭和三〇年一二月七日受付第二八、七四五号をもつてなされた。
しかるにみぎ仮登記は、被控訴人会社の更生計画認可決定を理由として、東京法務局墨田出張所昭和三五年一月二二日受付第一、五五六号を以て抹消された。
しかし、不動産登記法第三三条の規定する仮登記仮処分命令による仮登記の効力は、同法上の通常の仮登記と異なるところはなく、民事訴訟法上の仮処分とは似て非なるものであつて、当該不動産の所有会社に対する更生手続開始又は認可決定があつたとしても、右仮登記を抹消すべき法律上の根拠もなければ合理的な理由もない。従つて、本件仮登記は誤つて抹消されたものであり、かかる場合、右仮登記の対抗力は抹消によつて消滅せず、控訴人は、右抹消の回復登記手続を求めることができる。よつて控訴人は、被控訴人会社に対し前記仮登記の抹消回復登記手続を求めるとともに、控訴人が被控訴人会社に金二一八万円の支払いをすると引換えに、前記仮登記の本登記手続をすることを求める。
2 引受参加人東京ボート株式会社は、昭和三六年六月二四日、被控訴人会社被承継人から、売買により本件建物の所有権を取得したとして、東京法務局墨田出張所同年九月二一日受付第三〇二九〇号をもつて、所有権移転登記をうけ、かつ本件建物を現に占有している。しかしながら、引受参加人会社は控訴人の売買予約完結権の行使による所有権に対抗しえないから、控訴人の被控訴人会社に対する本件建物代金の支払と同時に、前記所有権移転登記を抹消し、かつ本件建物を明け渡すべき義務がある。更に引受参加人会社は、控訴人が被控訴人会社に対し本件仮登記の回復登記を求めることについて登記上利害関係を有する第三者であるから、右回復登記手続を承諾する義務がある。よつて、控訴人は、引受参加人会社に対し、みぎらの義務の履行を求める。」
3 被控訴人会社の抗弁に対して、
「(イ) 控訴人は本件会社更生手続に関しなんら書面の送達をうけず右手続の係属を知らなかつたから、右会社更生手続は控訴人に対する関係においては効力がないし、少くとも会社更生手続を理由として、控訴人の権利を消滅せしめることはできない。
かりに右会社更生手続が控訴人に対する関係において有効であるとしても、控訴人の予約完結権は更生債権ではないから、被控訴人会社主張の更生債権としての権利行使の制約及び免責の効果とは関係がない。会社更生法は、元来予約完結権に同法が適用さるべきことを予想していない。かりに予約完結権にも、同法の適用を認めるならば、同法第六二条の取戻権に関する規定は予約完結権についても、類推適用さるべきであるから、控訴人は、同条により、被控訴人会社に対し、本件建物の所有権移転登記手続及び明渡を要求しうるものである。
(ロ) 予約完結権は、あらためて被控訴人会社の承諾を必要とする予約権ではなく、控訴人の完結の意思表示によつて控訴人が所有権を取得する権利(但し、対価の支払を必要とする制限はある。)であるから、本件売買一方の予約は会社更生法第一〇三条の規定にいう双務契約ではない。かりに右売買予約が双務契約であるとしても、会社更生法第一〇三条の規定に定める解除権を行使するにも催告を必要とするところ、被控訴人会社更生管財人浅沢直人は、本件売買予約の解除に際し右催告をしなかつたから、右解除は無効である。」
三、被控訴人会社訴訟代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。
「1 控訴人の主張する売買一方の予約についての仮登記が控訴人の主張するような手続でなされたこと、みぎ仮登記が控訴人の主張するように抹消されたことを認める。
2 控訴人が被控訴人会社の更生手続に関する書面の送達を受けなかつたことの点については、(控訴人の予約完結権は昭和三一年八月二四日又は昭和三四年一二月二五日限り消滅していたから通告の必要はなかつた。かりにそうでないにしても)控訴人は、あらためて通告を受けずとも、右更生手続の進行を事実上知つていたものである。即ち控訴人は、昭和三四年中第二東京弁護士会所属弁護士長瀬定太郎と同道の上、本件会社更生手続の更生裁判所たる横浜地方裁判所に出頭し、森文治裁判官から本件仮登記の抹消登記手続前に右仮登記抹消をなす旨を告げられて、これを了解したものである。なお被控訴人会社更生管財人浅沢直人が、被控訴人会社の主張する解除(原判決書七枚目表八行目)にあたり催告をしなかつたことは認める。」
四、引受参加人会社訴訟代理人は、当審において、最初の口頭弁論期日前に被控訴人会社の承継人として、本件訴訟を引受け、つぎのとおり述べた。
「控訴人の主張する売買一方の予約についての仮登記が控訴人の主張するように抹消されたこと、引受参加人会社が被控訴人会社から本件建物について控訴人主張のような所有権移転登記をうけたこと、引受参加人会社において現に本件建物を占有していることは認める。」
理由
一、(争点判断の前提事実)係争の建物は、もと控訴人の所有するところであつたが、被控訴人会社が昭和二九年二月二日に代物弁済によりその所有権を取得し、その登記手続を経たこと、同年八月二五日に控訴人と被控訴人会社との間において、その後二年内に控訴人のなすべき一方的意思表示によつて、控訴人がみぎ建物を時価をもつて買い受けることができ、その時価は、控訴人と被控訴人会社とが協議して定める旨の売買一方の予約等に関する契約が成立したこと、そうしてその後控訴人が被控訴人会社を相手方として東京地方裁判所の仮登記処分命令を得て、東京法務局墨田出張所昭和三〇年一二月七日受付第二八、七四五号をもつて、前記建物につき、前記売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、およびその後本件建物につき前同法務局出張所昭和三六年九月二一日受付第三〇、二九〇号をもつて、引受参加人のため、売買を原因とする所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。
二、(控訴人が予約完結権を行使すべき期間の点について)被控訴人らは、控訴人の主張する予約完結権が期間の経過により消滅した、と主張する。みぎ期間についての当初の約定が二年であることは、前判示のとおりであるが、それが延長されたか否かについて判断する。成立に争いのない甲第四号証、原審証人白石資明および薄井榕一の各証言をあわせ考えると、前判示の昭和三一年八月二五日の期限の到来に先だつて、始めは控訴人の代理人若新政光弁護士からの働きかけで、被控訴人会社の代理人である白石資明弁護士との間で、前判示の売買予約の定めに従い、係争建物の時価の決定について協議を行い、その結果控訴人側において相当程度まとまつた金額を支出する用意のあることが判つて、金額の妥結のための話合いが控訴人と被控訴人会社の理事者との間の協議に移されたこと、ところが被控訴人会社の経営がその頃思わしくなくなるなどの内部的事情のために交渉が進まず、結局控訴人が買い取るべき建物についての時価についての協議が終らないうちに予約完結権の期限である昭和三一年八月二五日を経過したこと、みぎ期間の経過後も協議が続行されているうちに、昭和三二年一二月二五日に被控訴人会社の更生手続が開始したことが認められ、みぎ認定に反する証拠がない。みぎ認定の事実によれば、予約完結権を行使すべき期間は、当事者間の黙示の合意によつて延長され、昭和三一年八月二五日以降期間の定めのない予約完結権として存続するに至つたものと解すべきである。してみれば、控訴人の主張する予約完結権が、この予約についての合意のなされた昭和二九年八月二五日から、または被控訴人会社の更生管財人就任の日から、それぞれ二年の期間の経過したこと自体によつて消滅した旨の被控訴人らの主張は、これを容れることができない。
三、(予約完結権と、被控訴人会社の更生手続との関係について)横浜地方裁判所が昭和三二年一二月二五日に被控訴人会社につき更生手続開始決定をし、浅沢直人が管財人に選任されたこと、控訴人は、みぎ更生手続において、前判示の予約完結権について更生債権としての届出でをなさず、更生計画案審理のための関係人集会は昭和三四年一〇月一三日に終了したこと、同裁判所は、同年同月二〇日に更生計画認可決定を言い渡したこと、みぎ更生計画は、控訴人の本訴で主張する前判示の売買一方の予約について何らの定めをしていないことは、いずれも当事者間に争いがない。
被控訴人らは、控訴人の主張する売買一方の予約にもとずく予約完結権ないし予約上の権利は、会社更生法上の取戻権には該当しないで、いわゆる更生債権に属し、被控訴人会社の更生手続により消滅した旨主張する。この点に関する当裁判所の判断は、結局原裁判所のそれと同一であるから、原判決理由中の説明(原判決書九枚目表三行目から四行目にかけて、「原告は本件訴状送達の昭和三六年六月二日」と記載されている部分から、一一枚目裏三行目までの部分。但し、同一〇枚目裏三行目から四行目にかけて「昭和三四年一〇月二日」とあるは、「昭和三四年一〇月二〇日」に改める。)をここに引用し、なお、つぎのとおり補足する。
会社更生法第五八条の規定には、不動産に関し更生手続開始前に生じた登記原因に基き更生手続開始後にされた不動産登記法第二条第一号の規定による仮登記は、更生手続の関係においては、その効力を主張することができないとあるから、その反対解釈として、更生手続開始前の原因に基き更生手続開始前になされた仮登記は、これを更生債権者に対抗することができると解し得よう。
よつて、不動産が更生会社の財産に組み入れられた場合には、管財人に対し仮登記により保全された権利につき本登記手続を請求することができる。また、みぎの場合において、当該不動産につき第三者が所有権取得の本登記を経由したときは、仮登記権利者は、その第三者に対し本登記の抹消を求めることができるはずである(破産法第五五条の場合について、以上と同旨の大審院大正一五年六月二九日判決、民事判例集五巻六〇二頁参照。)。
ところで本件においても、控訴人のためにする仮登記は、被控訴人会社にかかわる更生手続開始前になされたものではあるが、被控訴人会社との間にした係争不動産についての売買一方の予約上の権利に関する不動産登記法第二条第二号の規定によるものであつて、みぎ予約完結の意思表示は、更生計画認可決定が言い渡された昭和三四年一〇月二〇日より後である昭和三六年六月二日に本件訴状を管財人に送達することによつてされたことは、控訴人の自ら述べるところである。ところで、会社更生法上の取戻権の存否は、その権利の行使の時を基準として決するものと解されているが、控訴人のみぎ自認するところからすれば、控訴人の主張する係争物件についての所有権の取得および本登記請求権の成立は、本件訴状の送達によつて予約完結の意思表示をしたとする昭和三六年六月二日より以前に遡ぼるものではなく、みぎ仮登記が更生手続開始前になされていたからとて、その時にまで遡ぼるものと解すべきではない。かくして控訴人は、更生手続開始当時においては、未だ本登記請求の要件を満たしていないから、係争不動産についての所有権ないし本登記手続請求権を管財人に主張し得たわけではないのであつて、売買一方の予約上の権利を有したに止まるものであるから、被控訴人会社についての更生手続開始後は、会社更生法第一一八条の規定する更生債権として、これを届け出ることによつて、更生手続に参加することができたはずである。しかるに控訴人は、その挙に出ることなく、従つて控訴人の有した予約上の権利は、更生計画によつて認められなかつたのであるから、被控訴人会社は、控訴人の有した更生債権としての予約上の権利につき、その責を免かれたものということができる。
もつとも、売買一方の予約にあつては、完結の意思表示によつて売買の効力を生じ、これと同時に、目的物の所有権は、予約権者に移転するものであり、この効果は、一般の場合において、予約の仮登記によつて第三者に対抗できるものと解されているのであつて、講学上物権的取得権として説かれている。本件において、控訴人がいつでも予約完結権を行使することができたものと考えられる限り、被控訴人会社につき更生手続が開始された後にも、管財人に対し予約完結の意思表示をすると同時に、係争不動産についての本登記手続を請求することができたとも考えられる。このように考えられるならば、前判示するところと異なつて、更生手続への参加を強いられるべき筋合いになかつたとも云えそうである。しかし、その場合に管財人は、会社更生法第一〇三条の規定により予約完結の結果としての本契約を解除するか、その存続をはかるかの選択権を与えられることとなろう。そもそも、会社更生手続は、会社事業の維持更生を目的とするものであつて、会社財産の充実のために会社の各種の負担に規制を加える必要があり、会社更生法は、そのための種々の規定を定めているのであつて、前示の双務契約の解除権等に関する同法第一〇三条の規定も、その一に属する。このようにして、管財人が会社の負担について有効適切な措置をとることができるためには、いわゆる物権的取得権といわれる予約完結権についても、早急に完結の意思表示をすることによつて取戻権ないしはこれに準じるものとしての主張をする場合は格別として、そうでない場合は、一般の更生債権または更生担保権におけると同様に、これらに準じる更生債権としての届出での義務が課されており、この方途に出ない以上は、前判示のとおり、予約上の権利ないし予約完結権といえども、更生計画認可決定の言渡しによつて失権するものと解することが相当である。
前段までに判示したところによつて、更生会社である被控訴人会社(後に更生手続廃止の決定がなされたことは、当事者間に争いがないが、このことは、以下の説明に消長を来さないことは、会社更生法第二七九条の規定によつて明らかである。)につき更生計画認可決定の言渡しによつて消滅した控訴人の予約上の権利に関して、控訴人がその後もなおこれを有することを前提としてした意思表示は、その効力を生じるに由なく、結局控訴人は、係争不動産についての所有権ないし本登記請求権を取得することができなかつたものと認めるべきである。
四、なお、控訴人は、被控訴人会社の更生手続に関し、何ら書面の送達を受けなかつたから、みぎ更生手続は、控訴人に対する関係では効力がない旨主張する。裁判所が更生手続開始の決定をしたときは、直ちに知れたる債権者に会社更生法第四七条第二項の規定に定める書面を送達する必要の存することは、控訴人の主張するとおりであるが、これに違反したからとて、更生手続上の前判示の免責の効果が影きようを受けるいわれはないから、控訴人のみぎ主張も採用の限りでない。
上来判示したところによつて、控訴人主張の売買一方の予約完結権ないしみぎ予約上の権利が会社更生手続により消滅しなかつたこと、および予約完結の意思表示により係争不動産に関する所有権が控訴人に移転したことを前提とする被控訴人会社および引受参加人に対する本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく失当である。よつて、控訴人の被控訴人および引受参加人に対する本訴請求(訴の変更による当審における新請求)を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎 兼築義春 稲田輝明)